安政五年創業 大阪難波 浪芳庵

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未来へ続く歩み

未来へ続く歩み - 2

第二次創業期昭和30年~39年代(1955年~1964年)

期待を裏切ることはできない。

 平成10年(1998年)から現在にいたる歩みの中で、やはり最も大きな出来事は平成17年(2005年)5月、本社事務所の開設にともない本店を閉店したことでした。菓子屋にとって本店の存在は、自社ブランドのすべてを印象づける大切なものと考えていますが、当時の本店は店舗としての機能よりも倉庫的な役割が大きくなっており、お客様を受け入れる店としての体をなさなくなっていました。永年にわたって続いてきた本店を閉店するにはやはり勇気が要りましたが、百貨店などに出店している「浪芳庵」をイメージされて来られるお客様の期待に応えるような存在でないことは明らかでした。
  続けていくということも大事ですが、お客様の期待に応える、お客様に喜んでもらえる店としての役割を果たせないことを何よりも重要視し、本店閉店という決断をしました。

  • 平成10年 長野冬期オリンピックが開催。
  • 平成11年 日興銀行、第一勧銀、富士銀が合併。世界最大のメガバンクに。
  • 平成12年 NHK、民放各社がBSデジタル放送を開始。
  • 平成13年 アメリカで、同時多発テロが発生。大阪市にユニバーサル・スタジオ・ジャパンがオープン。

新工場から、新出発。

 本店を閉店した同じ年の12月、30年にわたって稼働してきた工場を閉鎖し、敷地内の別のスペースに工場を新設しました。近代化を図ることで衛生面をはじめ、生産性も向上し、「浪芳庵」で販売している製品の約9割をこの工場内で生産できるようになりました。その翌年に屋号を「浪芳庵」に統一。この頃からネット事業も本格的に展開するようになりました。
  また、平成20年(2008年)、和菓子がわき役となって、家族団らんの風景が生まれてくればと思い、敬老の日に初めての試みとして「親子和菓子教室」を開催しました。工場に3組の親子(お母さん、おばあちゃん)に来てもらって、子供(孫)がおはぎや上生菓子を作ったものをパッケージして、かけ紙もして、あとでみんなで食べてもらえるように渡したのです。結果的に大変喜んでいただくことができました。
  今後もこういった和菓子のよさを知っていただく取組みに注力するとともに、家族と深いつながりが持てるお店を作っていきたいと考えています。そして地域を代表する味として親しまれた「浪芳餅」のように、「大阪浪花の和菓子屋さん・浪芳庵」として、決しておごることなく、皆様の記憶にとどめていただける店になるよう、尽力を誓う次第です。

親子和菓子教室の様子。職人が手取りサポートしました。

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